思考履歴

あなたの時間を無駄にする、自分のためのブログ。

大学卒業までの助言(仮)

この記事はAizu Advent Calendarの11日目の記事です。
前の人は @sansuke05 さんの
【python】睡眠時間管理するプログラム作った話 - いろとりどりの日々
次の人は @noah_orberg さん

はじめに

そもそも、今回のAdvent Calendarでは「ブロックチェーンビットコイン」 をテーマに書くつもりだった。

でも昨夜、会津大学で研究されていないテーマについての記事を読みたい人はいるのか、と気が迷い、Twitterでアンケートを取ったら案の定「大学卒業までの助言」が最も多かったので今回はこれで書く。

ブロックチェーンについては来年のイーサリアムの動向を見つつ投稿したいと思います。

本記事の目的

個人的にもこの大学に入学して文字通り「迷った」人間だったので、何かの助けになればと思い書いていきます。

分かりやすいように前半は個人的なエピソードが多めの予定。ただ、後半にかけて抽象度の高いレベルで自分が得た知見を記して、応用可能なものを提供できればと思います。

でも、そんな期待しないで。恐い人は読まないで。笑

目次

1. 会津大学へ進学をした理由
2. この大学で唯一学んだこと
3. 将来の夢、人生の目的ってなに?
4. 田舎の需要
5. 残りの数ヶ月の過ごし方=次への準備期間

1. 会津大学へ進学をした理由

会津大学は第一希望校である」とかねてから言ってきたが、高校のときは意識超低い系の人間だったのでそもそも志望校はなかった。進学希望調査はテキトーに書いていたし、センターの自己採点結果後の進学調査は書きたい学校がなかったので「東京大学」と書いていたのは今だから言えること。進学調査表を返却するときに先生が目も合わせてくれなかったことは、今でも鮮明に覚えている。笑

ただ選択肢を少なくしたくないという思いはあった。「重要な決断は後回しにできるなら、後回しの方がいい。だって明日から本気出すから。」といつも口癖のように思っていたからだ。高校のときに理系を選択していたのもそれが理由。文系から理系へ移ることは難しいとよく聞いていた。

ではどんな大学に行けば選択肢を少なくできるのか。僕はすぐにInformation Technology(IT)を選んだ。

どんな業界に就職したとしてもITは必ずある。パン屋だって、幼稚園だって、宇宙飛行士だって、プロサッカーの世界だって、音楽家だって、ITが必要な時代が来ると思っていた。まさに自分が高校のときはITを使って、その上に世の中を再構築している途中なのだと。

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これこそITが革命と言われる所以だと思い、IT系の大学でしかも「ソフトウェア」「ハードウェア」「通信」がすべて勉強できる大学を探したら見つかったのが、会津大学だった。これがセンターを終えた1月末の話。

非経済的に動く世界の方が、世界は大きい

お金の流れを見れば世界がわかると思って、お金について色々と勉強していた時期があった。

でも実際はGDPを拡大することを目的に国家や大企業が行っていることは追えるけれど、それは世界のごくごく一部であって、非経済的な流れが実はこの世界を占めていることに気づいてきた。

意識の大きさと、世界の大きさが真逆だった。
※画像はSFCブロックチェーンの第3回講義資料より

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ひとの悪いところは見つけてもいい

「他人の悪いところは見つかりやすい」
「他人の良いところを探しなさい」

みなさんも1度はこんなセリフを聞いたことがあるのではないでしょうか。
自分も小さい頃からよく学校の先生から聞かされていました。

ただ最近になってこう思うのです。
「自分の悪いところを言ってくれる人は大切」
だということです。

その理由は3つ。
①自分を客観的に見るための材料になる。
人は自分を客観的に見ることは基本的にできません。個人的な経験談になりますが、自分を客観的に見ることが上手な人は、撮影される機会や、実績をデータ分析される機会のような、自分を客観的に見る機会が豊富な人です。自分の発言や行動をすべて録音したり、メモして意識しなければ普通は得られないものです。

②自分を変えられるきっかけになる。
重要なことは、人は見たくないものを見ようと受け入れるまでに時間がかかるということです。別に新規性のある指摘である必要は全くありません。むしろ昔から言われているけれど、今も言われるということは、自分が全く変われていない証拠になります。①を考えるうえでもとても重要な気付きになるでしょう。

③自分の器を大きくすることができる。
特に重要なことは、自分の器を大きくすることができることです。他人のセリフを自分に置き換えることができると、他人の感情や考え方を吸収することができます。そうすることで他の機会に他人から言われる言葉も、感情的にも理論的にも受け入れることが出来てくるので、いろんな視点が得られるチャンスが何気ない日常生活の中からも出てきます。そうすることで今まで自分が見えていなかった風景が見えてき、価値観の違いや思想の相違を明確にすることが出来てきます。そういう人はプロジェクトのリーダーとしての才覚として他人から評価されるぐらい明確なものへと、徐々に身につけることができます。

こうした①、②、③のために「自分の悪いところを言ってくれる人は大切」だと考えています。

ただ、重要なこととして「信頼関係を築ける」とは一切言っていません。
他人への配慮を知らず自分の見えるものをそのまま口にする人や、他人を傷つけることを目的に故意的に発言する人も中にはいます。重要なことはそういう人との距離感をどのぐらいに保つかです。
中には言葉を選ぶ力が足りず、そのような発言になっているかもしれません。あまりにもキツく感じる場合は、相手にそういったことを伝えるのも大切なことです。そうすることで離れる場合もあれば、距離を縮めることができる場合もあります。要はその人との付き合いをどうしていきたいか、ということになります。少しでもご参考になれば幸いです。


で、ここからが本題なのですが、

「他人の悪いところは見つかりやすい」
「他人の良いところを探しなさい」

この発言についてシャワーを浴びながら考えていたのですが、
他人の悪いところを見つける才能と良いところを見つける才能はおそらく同じ次元にないことも重要です。

つまり「対」の関係ではないということです。

重要なポイントとして悪いところも良いところも見つける際には、どのようにして判断したのかがです。単に自分の主観でその人を悪い/良いと考えるのか、それとも周りの人の反応や何かの実績から考えるのでは、全く意味が異なってきます。

自分は周りの人をどのようにして良い/悪いと評価しているでしょうか。
それを知ることで、相手について理解を深めるだけでなく、自分の考え方や価値観を分析するもう1つのきっかけになるのではないでしょうか。

完全に壊れていた。

特にここ数日間、1ヶ月前に差し迫ったイベントの準備で身も心もボロボロになっていた。
何より堪えたのは、まわりにいる人たちがこの企画でどんどん不幸になっていることだった。
お金もなくなる、時間も取られる、現実と希望の狭間で苦悩する。

それらってやりたいことのために多少の犠牲を払ってでもやろうとすることだから、やりたいことでしょう。
でも、やりたくない状況だった。

精神的に壊れていた。
犠牲を払ってでもやろうとするが、何かしら問題があれば担当者の責任、自分は関係ないと言わんばかりの塩対応。
完全にバカでガキだった。

まるでヱヴァQを観終えた後の喪失感が漂っていた。
自分のやりたいことに巻き込まれた人たちがどんどん犠牲になっていく。
喪失感と虚無感が完全に心を支配していた。


それに比べて、これまで出会ってきた大人の人たち(特に社長さんたち)は
「面白い」組織空間を創り出してきた方たちばかりだった。
そういった人たちの考え方は「面白い」を大切にしていた。

一方、自分は理論をガチガチに固めて「なぜ、これをしなければならないのか」という理論で責めていた。
そうすることで何がやりたいのか、自分の中で見失っていたのだと思う。
義務感と責任感、これらに押し潰されて自分は壊れていった。

逆にやりたかったことはなんだろうか。
やっぱり、こんな状態でもやりたかった元々の気持ちっていうのは忘れていなかった。
本当にやりたかったことはこんなことだろうか。
自分ってこの程度だったのだろうか。

いや、まだまだいける。
まだ頑張っている仲間がいる。
期待してくれている人もいる。

もっと前へ、もっと深く、もっと強く進んでいかなければならない。
もっと優しく人に接して、もっと面白く世界観を変えて、もっと自分の描く未来像を確かなものにしていきたい。

そう思ったときにやることが、いっきに道がひらけた気がした。
なぜこれをやっているのか、どのようにしたらいいのか、何をやろうか、すべてが一気に目の前に現れたのだった。

(本稿は2016/8/12 23:29:51に作成されたものです)

人を傷つけることがこわい

「自分は人を傷つけたくない」という考え自体が余計な考えであって、その考えが根底にあるとき「どうすればいいか」と考えるのは時間の問題。そこで得るものは、その場しのぎでしかなく、本質的な回答ではない。
「人を傷つけるか、傷つけないか」という話ではなく、どうすれば楽しめるかと考えるだけで世の中への見方は180度変わったものになる。

(本稿は2016/10/25 23:06:49に作成したものです)

文章のまどろっこしさを解消する

大学に入ってから、ブログやSNS、バイト先でレポートを書いたりすると自分の文章自体がいつもまどろっこしい感じていた。

最近ようやくその原因と解決策を知れたので、記しておく。


まどろっこしさの最大の原因は、文章を字面で考えて書こうとしているからだった。

伝わる文章は、読んだときに読者のあたまの中でイメージが湧く。

これがいい文章。

自分はこれまでとりあえず文章を書くだけ書いて、文字上で考える癖をつけていた。
確かにこの書き方だと、学校の読書感想文のように作文用紙を埋める作業にはもってこいのやり方だ。

しかし自分が適当に思考回路を展開しているだけで、本当にその文章が相手に伝わるものかは別の次元の話になる。

埋めることを目的にした文章と、相手に伝わることを目的にした文章。
そもそも取り組み方が全く違う姿勢になってしまっていた。

猫背と一緒で自分の姿勢は、案外気づかない。
言われてみて、たしかにそういう考え方がこびりついていたのだと気付いた。

2017終了予告

はてなさんにメールで「そろそろ書かへん?」って言われて気づきました。

あ、こんなブログあったな、、と。

そして2017年もそろそろ終わるな、、、と。









というわけで、今年も12月に1年を振り返る総集編のブログを書きます。たぶん。

そのための前準備、というかせっかくなので2016年に書いていたブログを読んでみたいと思います。









うんうん。











そうやなーそういうこと考えていたな。













へー。なるほど。













うん。













うん…。













うん……。














…ややこしいw













ややこしい!!!







なんでこんなややこしい感じで考えているの?!
悩みすぎじゃね?笑
ってか、多分こんなブログ書いても読者には何一つ伝わらねーよww






よくこんなブログ書いてたなー笑
Windowsならゴミ箱に捨てて、空にするボタン押されてるよ、これ。


http://121ware.com/qasearch/1007/doc/answer/image/014/014411/014411h.png



はい。
これであなたの時間もまた少し無駄にしてしまいました。
もうこのブログは見ないでください。笑
こうして自分の恥ずかしい思考履歴を見せないように、と追いやっています。笑




まぁ、2016のブログの復習と2017何やったか、今度上げときます〜。
現場からは以上です。