思考履歴

あなたの時間を無駄にする、自分のためのブログ。

『gifted/ギフテッド』を観た

最高でした。
www.foxmovies-jp.com

なかなか上映している劇場を見つけられなかったのですが、朝9時からやっている場所を見つけたので観に行きました。

撮影や脚本、演出、役者さんの演技などすべてにおいて高いレベルのバランスの良い映画でした。最近の映画は観客の注意を引こうと思って、無理やり感情移入をさせるための激しい演出や衝撃の脚本展開をする映画がとても多くなってきたのですが、この映画はメッセージ性も、登場するキャラクターの感情も、ストーリー展開もさらに観たいと思わせる映画だった。

最近観た映画の中で最も安心して観られたかもしれない。だからといって退屈な間延びするような展開でもなく、結構踏み込んだ展開はいくつもあった。

特に自分ならどうするか。考えさせる余白がカメラに映る役者さんの表情の角度や光の当て方、ストーリー展開に十分入っていたので、スクリーン上で繰り広げられるドラマに夢中にさせるものでした。

Star Warsは単なる娯楽作品として楽しみ、こういう映画をもっと観ていきたいとStar Wars 8の鬱憤を晴らしてくれた、とてもいい映画でした。

【ネタバレ含】Star Wars 8はヱヴァQ?個人的な感想をつらつらと宣べる会

Star Wars 8をこの冬は2度観た。
starwars.disney.co.jp



あと1回ぐらいは劇場で観てもいいかなーって感じ。それは褒めているわけではなく、自分の気持ちを落ち着かせて、どのような映画だったか咀嚼させるため。決してこの映画は個人的には好きではない映画です。



あ、別に罵倒する目的でもないので「Star Wars 8こそ史上最高傑作のStar Warsだ!!」とか「ようやく待ち望んでいた新作だ!!」みたいな人は怒らないでね。これも自分の中で咀嚼させるためのアクションに過ぎないので。でもブログに載せることで、今度飯にいったときの話のタネにする的な感じなので。重要なのは光と闇のバランスですよ。笑



みたいなことを書きつつ、そろそろネタバレしてもオーケー?
これ以降は楽しみにしている人は絶対に見ないでね、自己判断でお願いします。



では、ここから自分が好きなように書いていきます。



まずこの映画作品は☆5のなかで、☆2をつけました。理由はこれから述べていきます。

ただ、これはあくまでも「「「映画作品」」」としての評価であり、「「「Star Wars作品」」」としての評価ではないことをご理解いただきたい。

これまで観てきた旧6部作、プラス1作のなかでは個人的に今回のStar Warsはシリーズ史上最低作品であり、☆5つのなかで☆0の作品です。最悪です。途中で映画館を出ようかと1度目から観ていて思いました。それだけ、これまで観てきたStar Warsという作品は自分のなかでどれだけ思い入れのある作品で、期待していたものか計り知ることができました。そのことには感謝しています。Star Wars 8を観終えたいまだからこそ、これまでの作品は何がよかったのか、自分はStar Warsのどこが好きで何を期待していたのか、じっくり旧作品を観ていきたいと思っています。こう思えたのも、Star Wars8を観たおかげだし、Star Wars作品の新作はこれからも観ていこうと思います。

このように考えられるようになったのも、Star Wars 8を2度以上観ているおかげだと思います。1度観たときは、もう胸がはちきれそうなぐらい悲しい気持ちで落ち込みました。危うくダークサイドに飲み込まれそうでした。ふぅ。。


では良かった点と悪かった点を順に語っていき、映画作品としてなぜ☆2なのか。語っていきます。


良かった点としては、さすがと思わせるぐらいの絵づくりの完成度でした。近年観てきた映画のなかで、この絵づくりの良さは最高レベルです。なぜこういう絵をいま、観せているのか。実にわかりやすく、1つひとつの絵に意図が何層にもあってかなり深みがありました。

特筆すると、最後のルークとベンソロとの師弟対決シーン。最終的にルークはフォースを使うことで、ホログラムのような自分の姿を別の場所に投影させる能力を発揮します。その際には地面の塩がルークだけ剥がれないように編集されていました。このような細部にまでこだわったり再現させる絵作りは圧巻ですし、一瞬ですがちゃんと足元を照らしてそのこだわりが伝わるようなカットを入れています。

あるいはルークのライトセーバーが真っ二つに割れるシーン。レイとカイロレンがそれぞれのライトセーバーを奪い合うシーンでは、これまで受け継がれてきたスカイウォーカー家の伝統が終わることの象徴的シーンになっていました。それだけでなく、スカイウォーカー家の血を継ぐ暗黒面(ダークサイド)と、継がない光明面(ライトサイド)の対比構造、つまり繋がりが生まれていたレイとカイロレンとの分断。ダークサイド側が圧倒的に有利な状況から、ライトサイド側へ転換される瞬間の描きとして物語のちゃぶ台返しとしての存在。などなど。。

1つのシーンで描く絵の作り方と、その背後にある意図の深さがかなりよかったです。映画を学んでいる方にとっては最高の教材ではないでしょうか。塩の下に赤字の地面、キャラクターや服、町並みのデザイン(カジノ警察がドラえもんのタイムパトロールそっくりなのが個人的にツボ)、さらには最後のシーンで子供が持つほうきのスティックが、本作に何度も出てきたライトセーバーの手元のギザギザを彷彿とさせることでライトセーバーを将来持つ暗示のような絵をつくっていたこと。また、少年がほうきを手で取るのではなくフォースを使って取っていたりするような、細かい細部の絵作りのこだわりは本当にお見事でした。

またフォースを使って会話をするシーンも、絵を切り替えるだけで全く別の場所でも会話をしているシーンとして没頭させる魅せ方はうまかったです。やっぱりこの作品を褒めようとすると、絵作りになるなぁ。

それぐらい、すごくよかったですね。それぐらいでしょうか。



さて、悪い点はあげると、評論家のようにいくらでも揚げ足取りが出来てしまう作品なのですが、やっぱり多くの方も言っているように脚本がハチャメチャ。「近年稀にみる低IQ作品」と表現されてもおかしくないぐらいです。


もう絵作りにこだわりすぎて、そっちメインになってしまいストーリーラインがめちゃくちゃでした。この作品を低評価させられているすべての原因は脚本にある、と言っても過言ではないと思います。


ぶっちゃけこの映画最大のネタバレは、ルークが最後に死ぬことやレイヤ姫が蘇生して宇宙空間を漂うとか、そんな具体的なことではなく、「すべて真逆のことが起きる」という一言でこの映画のストーリー展開が片付けられてしまうことではないでしょうか。


明らかにライアン・ジョンソンさんの今回の作品のテーマは、【バランス】。対局にある2つの要素をそれぞれ極を交互に観客に観せることで、観客のなかにも勧善懲悪ではなくバランスを個人で取ってもらい、答えを出してもらおうという各個人で最終的に心にもつメッセージが全く分かれる作品の作り方をしていました。なので、監督自身もこの作品に対する評価も二分されることを狙って作っているように感じます。

しかししかし、そのメッセージ性は良いとしても、シリーズ最長の2時間半近くこのどんでん返しを毎回されると本当にしんどい。考えさせるにしては浅いし、結局ストーリー展開はどんどん進ませるし、もやもや感を募らせる最高の脚本になってしまい、結果的に意図していた状態とはかけ離れさせる作品になってしまったのではないでしょうか。

これものすごく勿体無いことです。

この新三部作は、これまで旧6部作で継がれてきたスカイウォーカー家が示す血統の強さが力を示すストーリーから脱却し、誰でもヒーローになれる強いメッセージを観客に新たなる希望として観せられる映画にさせることができたし、何よりもスカイウォーカー家の人間がスカイウォーカー家を否定すること。そしてスカイウォーカー家の人間でない「フォースが覚醒した」売られた娘がそのスカイウォーカー家も必要だったことを伝え、新三部作だけでなく旧6部作の価値をも上げる最高の9部作品として作り上げられることができたと思う。

しかしそれが明確なカタチで伝わらんのです。

オビ=ワンのようにルークが継承しつつも、オビ=ワンのようにはなれなかったルークの失敗を晴らすことがレイの新たな指名となって、Star Warsのニューヒーローのようになれただろうし、カイロレンも自分の置かれた逃れられない運命から別の生き方ができることを伝えられる映画にもなっただろうし。

そういうことができるとStar Wars作品としても、映画作品としても価値あるものになっていたはずです。
なのに、レイが「私これ好き!」とか言っていつの間にかスノーク船から脱出してゲームをしている間に、ルークは何も継承できず死んでしまい、結局ルークとレイはあの決別の後に何も話せず終えてしまったり、カイロレンとレイの置かれた環境はかなーりあっさりした数秒程度の会話で流されるし、本当に勿体無いです。

昨年公開されたローグワンで最もよかった点は、ローグワン自体の物語性だけでなく、それによってStar Wars 4の価値を高めれたことによりStar Wars作品としての存在意味があったことです。Star Warsもルーカスの6部作から脱した新三部作を制作が決定したときに、「もうつくらなくても今が最高」と話していたはずです。新しくつくって旧作品の価値が下がることを最もファンは嫌います。

しかしそういったファンを巻き込みつつも、Star Wars新三部作としての映画的価値もあるものにするには何かしらの強いメッセージ性が大切なはずなのに、このStar Wars 8はとことん大事なメッセージのあるシーンを会話のみで終えさせる。レッスンも早く終わらせすぎ。シリーズ最長になったのは、単なる娯楽のためか。革新的な作品にするためにあれもやりたい、これもやりたい、と欲張り、無駄なシーンがとにかく目に余る贅肉たっぷりの映画になってしまった。そして肝心な部分をすべてあっさり流してしまう。

スノークの存在とは、
レイの親とは、
Star Wars 7であれだけ引っ張った内容も重大な秘密ではなくても、あっさり会話で流す演出や脚本はどうかと思った。薄い内容がさらに薄くなってしまった感じがする。

最後の子供のシーンもStar Wars 9でやればいいのに、これどうするのって感じ。ちゃんと継承してから、次の継承を10〜12で描けばいいのに、この新三部作としてのメッセージがさらに薄まりそうで恐ろしい。。これまで2作観て感じるものが何もない、単なる娯楽作品としか思えないものになってしまった。これはルーカスも「Star Warsは性奴隷となった」と言いたく気持ちも分かる(ちなみに今作はルーカスからは高評価らしく、これはルーカスの忖度なのか、この前が炎上騒ぎになった二の舞いになりたくないのか、真意はわからない)。

新キャラクターもすべてもったいなかった。
今回レジスタンスにとって一番の成果を出して頑張った紫のオバさん。なぜ作戦を伝えないのか。海賊船の船長のようなルールはいつから始まったのか。明らか居る理由がなくて、ダメな脚本のために命が捨てられた感MAX。

コードブレーカーは結局無意味だったし、ビジネスマンのおっさん(DJ)もフィンと天童よしみが、紫のオバさんの特攻攻撃で燃え盛った敵地からの脱出のときに迎えに来て「この貸しは高く付くぞ」的な感じで登場させたら、第二のハン・ソロ的な感じでかっこよかったのに、脚本と契約の関係で生まれたキャプテンファズマの見せ場のために、DJの見せ場もなく「何だったの?あの強いおっさん」みたいな感じで終わらせているし。

天童よしみはコードブレーカー見つけずに、脚本の誘導係か泣いているかの二択だし。

あとあのポケモンなに。なんかウケを狙っているのか、今回ギャグ路線が多かったよね。ファルコン号のカッコイイ飛行シーンもあのキャラが全面に出ていたおかげで、緊張感がなく興奮できなかったし、ハックス将軍の名前間違いとか、なんかいろいろとあったけどイラつくから無視した。

あーもったいない。

既存のキャラも、レイは最後ファルコン号の射的を楽しんでるだけで、最後につれてキャラとして美味しくないストーリー展開だったし、フィンも今回は足引っ張ったことしかしていないし、ポーも紫のオバさんとのボケツッコミ以外ストーリーとしての存在価値は少なかった。

各役者の演技、特にルークとレンは凄まじい演技力だったと思う分、残念。

そして演出もかなり単調&繰り返しで面白くない。人の登場で光→影→現れる見せ方何度やったのか?ここはM-1グランプリの舞台かと思うぐらい何度もやっていた。音楽も旧作品にある音楽が7とは違い、垂れ流しでこれ聴かせたらファンは喜ぶよね?的な感じがして逆に冷めたし。今作品で最も感動したのは、「In loving memory of our princess Carrie Fisher」の文字と音楽。それ以外感情が揺さぶられることはなかったのが残念。。。展開を追うだけで疲れきった。




とりあえず2回観た感想としてこんな感じでした。
感情移入ができず、ただストーリー展開に置いてけぼり、ただ絵作りのこだわりは半端ない。というのはヱヴァンゲリオンQと全く同じ感想でした。でも音楽の使い方はQのほうが好きだなぁ…。


Star Warsシリーズ全体としての意味、Star Wars8としての映画作品としての価値が、本当に勿体無い仕上がりで、今回のStar Wars 8のおかげでこの新三部作の価値がグッと下がった感じがします。お金をかけて映画界のトップが頑張ってつくった絵作りへのこだわりはとても評価できるので、映画づくりを学んでいる方は観たほうがいいでしょう。

Star Wars 9ではいっそのこと、みんなフォースの覚醒をして、フォースのインフレをしてほしい。ハックス将軍がフォースの覚醒をして、レンと俺が最高指導者だ!みたいな争いとか。

そんなところです。

大学卒業までの助言(仮)

この記事はAizu Advent Calendarの11日目の記事です。
前の人は @sansuke05 さんの
【python】睡眠時間管理するプログラム作った話 - いろとりどりの日々
次の人は @noah_orberg さん

はじめに

そもそも、今回のAdvent Calendarでは「ブロックチェーンビットコイン」 をテーマに書くつもりだった。

でも昨夜、会津大学で研究されていないテーマについての記事を読みたい人はいるのか、と気が迷い、Twitterでアンケートを取ったら案の定「大学卒業までの助言」が最も多かったので今回はこれで書く。

ブロックチェーンについては来年のイーサリアムの動向を見つつ投稿したいと思います。

本記事の目的

個人的にもこの大学に入学して文字通り「迷った」人間だったので、何かの助けになればと思い書いていきます。

分かりやすいように前半は個人的なエピソードが多めの予定。ただ、後半にかけて抽象度の高いレベルで自分が得た知見を記して、応用可能なものを提供できればと思います。

でも、そんな期待しないで。恐い人は読まないで。笑

目次

1. 会津大学へ進学をした理由
2. この大学で唯一学んだこと
3. 将来の夢、人生の目的ってなに?
4. 田舎の需要
5. 残りの数ヶ月の過ごし方=次への準備期間

1. 会津大学へ進学をした理由

会津大学は第一希望校である」とかねてから言ってきたが、高校のときは意識超低い系の人間だったのでそもそも志望校はなかった。進学希望調査はテキトーに書いていたし、センターの自己採点結果後の進学調査は書きたい学校がなかったので「東京大学」と書いていたのは今だから言えること。進学調査表を返却するときに先生が目も合わせてくれなかったことは、今でも鮮明に覚えている。笑

ただ選択肢を少なくしたくないという思いはあった。「重要な決断は後回しにできるなら、後回しの方がいい。だって明日から本気出すから。」といつも口癖のように思っていたからだ。高校のときに理系を選択していたのもそれが理由。文系から理系へ移ることは難しいとよく聞いていた。

ではどんな大学に行けば選択肢を少なくできるのか。僕はすぐにInformation Technology(IT)を選んだ。

どんな業界に就職したとしてもITは必ずある。パン屋だって、幼稚園だって、宇宙飛行士だって、プロサッカーの世界だって、音楽家だって、ITが必要な時代が来ると思っていた。まさに自分が高校のときはITを使って、その上に世の中を再構築している途中なのだと。

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これこそITが革命と言われる所以だと思い、IT系の大学でしかも「ソフトウェア」「ハードウェア」「通信」がすべて勉強できる大学を探したら見つかったのが、会津大学だった。これがセンターを終えた1月末の話。

非経済的に動く世界の方が、世界は大きい

お金の流れを見れば世界がわかると思って、お金について色々と勉強していた時期があった。

でも実際はGDPを拡大することを目的に国家や大企業が行っていることは追えるけれど、それは世界のごくごく一部であって、非経済的な流れが実はこの世界を占めていることに気づいてきた。

意識の大きさと、世界の大きさが真逆だった。
※画像はSFCブロックチェーンの第3回講義資料より

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ひとの悪いところは見つけてもいい

「他人の悪いところは見つかりやすい」
「他人の良いところを探しなさい」

みなさんも1度はこんなセリフを聞いたことがあるのではないでしょうか。
自分も小さい頃からよく学校の先生から聞かされていました。

ただ最近になってこう思うのです。
「自分の悪いところを言ってくれる人は大切」
だということです。

その理由は3つ。
①自分を客観的に見るための材料になる。
人は自分を客観的に見ることは基本的にできません。個人的な経験談になりますが、自分を客観的に見ることが上手な人は、撮影される機会や、実績をデータ分析される機会のような、自分を客観的に見る機会が豊富な人です。自分の発言や行動をすべて録音したり、メモして意識しなければ普通は得られないものです。

②自分を変えられるきっかけになる。
重要なことは、人は見たくないものを見ようと受け入れるまでに時間がかかるということです。別に新規性のある指摘である必要は全くありません。むしろ昔から言われているけれど、今も言われるということは、自分が全く変われていない証拠になります。①を考えるうえでもとても重要な気付きになるでしょう。

③自分の器を大きくすることができる。
特に重要なことは、自分の器を大きくすることができることです。他人のセリフを自分に置き換えることができると、他人の感情や考え方を吸収することができます。そうすることで他の機会に他人から言われる言葉も、感情的にも理論的にも受け入れることが出来てくるので、いろんな視点が得られるチャンスが何気ない日常生活の中からも出てきます。そうすることで今まで自分が見えていなかった風景が見えてき、価値観の違いや思想の相違を明確にすることが出来てきます。そういう人はプロジェクトのリーダーとしての才覚として他人から評価されるぐらい明確なものへと、徐々に身につけることができます。

こうした①、②、③のために「自分の悪いところを言ってくれる人は大切」だと考えています。

ただ、重要なこととして「信頼関係を築ける」とは一切言っていません。
他人への配慮を知らず自分の見えるものをそのまま口にする人や、他人を傷つけることを目的に故意的に発言する人も中にはいます。重要なことはそういう人との距離感をどのぐらいに保つかです。
中には言葉を選ぶ力が足りず、そのような発言になっているかもしれません。あまりにもキツく感じる場合は、相手にそういったことを伝えるのも大切なことです。そうすることで離れる場合もあれば、距離を縮めることができる場合もあります。要はその人との付き合いをどうしていきたいか、ということになります。少しでもご参考になれば幸いです。


で、ここからが本題なのですが、

「他人の悪いところは見つかりやすい」
「他人の良いところを探しなさい」

この発言についてシャワーを浴びながら考えていたのですが、
他人の悪いところを見つける才能と良いところを見つける才能はおそらく同じ次元にないことも重要です。

つまり「対」の関係ではないということです。

重要なポイントとして悪いところも良いところも見つける際には、どのようにして判断したのかがです。単に自分の主観でその人を悪い/良いと考えるのか、それとも周りの人の反応や何かの実績から考えるのでは、全く意味が異なってきます。

自分は周りの人をどのようにして良い/悪いと評価しているでしょうか。
それを知ることで、相手について理解を深めるだけでなく、自分の考え方や価値観を分析するもう1つのきっかけになるのではないでしょうか。

完全に壊れていた。

特にここ数日間、1ヶ月前に差し迫ったイベントの準備で身も心もボロボロになっていた。
何より堪えたのは、まわりにいる人たちがこの企画でどんどん不幸になっていることだった。
お金もなくなる、時間も取られる、現実と希望の狭間で苦悩する。

それらってやりたいことのために多少の犠牲を払ってでもやろうとすることだから、やりたいことでしょう。
でも、やりたくない状況だった。

精神的に壊れていた。
犠牲を払ってでもやろうとするが、何かしら問題があれば担当者の責任、自分は関係ないと言わんばかりの塩対応。
完全にバカでガキだった。

まるでヱヴァQを観終えた後の喪失感が漂っていた。
自分のやりたいことに巻き込まれた人たちがどんどん犠牲になっていく。
喪失感と虚無感が完全に心を支配していた。


それに比べて、これまで出会ってきた大人の人たち(特に社長さんたち)は
「面白い」組織空間を創り出してきた方たちばかりだった。
そういった人たちの考え方は「面白い」を大切にしていた。

一方、自分は理論をガチガチに固めて「なぜ、これをしなければならないのか」という理論で責めていた。
そうすることで何がやりたいのか、自分の中で見失っていたのだと思う。
義務感と責任感、これらに押し潰されて自分は壊れていった。

逆にやりたかったことはなんだろうか。
やっぱり、こんな状態でもやりたかった元々の気持ちっていうのは忘れていなかった。
本当にやりたかったことはこんなことだろうか。
自分ってこの程度だったのだろうか。

いや、まだまだいける。
まだ頑張っている仲間がいる。
期待してくれている人もいる。

もっと前へ、もっと深く、もっと強く進んでいかなければならない。
もっと優しく人に接して、もっと面白く世界観を変えて、もっと自分の描く未来像を確かなものにしていきたい。

そう思ったときにやることが、いっきに道がひらけた気がした。
なぜこれをやっているのか、どのようにしたらいいのか、何をやろうか、すべてが一気に目の前に現れたのだった。

(本稿は2016/8/12 23:29:51に作成されたものです)

人を傷つけることがこわい

「自分は人を傷つけたくない」という考え自体が余計な考えであって、その考えが根底にあるとき「どうすればいいか」と考えるのは時間の問題。そこで得るものは、その場しのぎでしかなく、本質的な回答ではない。
「人を傷つけるか、傷つけないか」という話ではなく、どうすれば楽しめるかと考えるだけで世の中への見方は180度変わったものになる。

(本稿は2016/10/25 23:06:49に作成したものです)