年齢による『ファインディング・ニモ』の観え方の違いについて

最近『ファインディング・ドリー』を映画館で観たので、『ファインディング・ニモ』も久々に観直した。

子どもの頃に観たときと20を過ぎた今観終えて、全く違う作品のように観えて戸惑った。

子どもの頃は純粋にニモというキャラクターをメインで観ていて、ニモの父親に対しては口うるさくて嫌気が指していた。(ニモをあんな目に合わせることになったのも、結局父親のせいだろうと。)
しかし今観ると逆で、父親をメインで観るようになってその親心にも同情するし、自分ならどうだろうかと見つめ直すキッカケになっていた。

その後調べてみたら『ファインディング・ニモ』の制作陣が作品作りに関して下記のように語っていた。


あれを観たときに、子どもを持っている親がどのように考えるのか。
それこそがこのピクサー作品の核心であり、それに合わせて感情表現を考えている。


なるほど、この差はここから生まれているのかと。
逆に大人でも子どもでも観れる作品になっているのは、それぞれのキャラクター性とテンポの良さであることを知った。

ファインディング・ドリー』ほど泣けるシーンや笑えるシーンは少なかったものの、冒険物語としてワクワクさせられる作品だった。まさに”Finding”という名前に相応しい名作だと思う。
もし、自分が父親になったときに子どもたちと観て何を思うのか。そのときが楽しみである。