読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

極論を提示してくれる人は本当に大切

何か悩んだときに極論を提示してくれる人は、最適解を提示してくれる人よりも大切にすべきだと思う。
これほど自分を成長させてくれる人はいない。

人は1つの問にしか悩むことができない。
抱えることはできるが、1度に悩み考えることは1つしかできないと思っている。(自分の場合ね)

ただ、そのときに極論を提示してくれると、なぜそれが「極論」なのか考えるキッカケになり、悩むことに悩んでいる自分から分析をする自分へ高めてくれる。
この場合、「馬鹿らしいと思える」極論を提示してくれるほど解決までに時間がかからない。

極論と呼ぶのは、自分の考えを振り切った先にある論理を指していて、論理構成の全くない陳腐な(話にならない)案のことではない。
その違いに気付いている極論を提示する人ほど、尊敬する人はいないと思っている。

相手が迷っているときに自分の回答を伝えるのではなく、極論を提示できる人間になりたい。
そうすることが最も真剣に取り組む相手の助けになるはずだから。